June 27, 2010
スラッシュドット ジャパン | 最近のおやじは男子中高生より足が長い!? (via pcatan) (via gkojax)
2009-07-24 (via gkojay) (via usaginobike)
アウトプットしないものはインプットしない
June 27, 2010
アマチュアの仕事完成度は締め切り直前にグっと上がる曲線を描きます。一方、プロの仕事完成度は、最初にグっと上がり、なだらかな曲線を描きます。締め切り直前で完成は見えており、要求レベルの+5%上乗せを狙います。
June 26, 2010
新しいから傷つける - 傘をひらいて、空を (via kml) (via nemoi) (via jacony) (via yoosee) (via usaginobike)
友だちの家のPCの動作がおかしいというので見にいった。だいぶ古くて起動に十分もかかる状態だったので、さしあたり彼女が必要としているDVDの再生ができるようにクリーンインストールすることにした。
彼女の仕事用の携帯電話が鳴り、彼女は私にことわって出た。はい、いつもお世話になっております。いえいえ、はい、なるほど、担当がそのようなことを申しましたか。
彼女は五分ほど電話で話しつづけた。ほとんどは相槌だった。いろいろな種類の、さまざまな重さの、一定以上の温度を保った相槌だ。彼女はそのあと、仕事にしてはいささか親しげに短く笑って、いいえ、いいんですよ、と言ってから電話を切った。
私はBIOSを確認し、それを覗いた彼女はなんだか怖そうな画面、とつぶやく。怖くないよ、これはWindowsの下に入っているソフトなんだよと私は説明する。
ディスクがかりかりと音をたてて書きこみをはじめる。私は彼女の出してくれた冷たいお茶をのんで訊いてみる。ねえさっきの電話、あの相手って、おじいさんかおばあさんでしょう。
彼女はちょっと目を大きくして、そうそう、おじいさん、うちのチームで扱っている物件のオーナーさん、と言う。彼女の仕事は不動産の仲介だ。土地や建物を持っている人たちからそれを預かって管理を請け負い、誰かに貸す。
電話をかけてきたおじいさんは彼女の会社のやり方に納得がいかずに電話をかけてきたようだった。彼女は小さなチームを率いているので、ふだん担当していない相手でもそうやってかけてくることがあるらしい。私ねえ会社で「シルバーキラー藤井」って呼ばれてるんだ、おじいさんとおばあさんの相手が得意だから。彼女はそう言って、私たちは笑う。
なんかこつがあるのと私は訊く。ない、と彼女はこたえる。特別なこつは要らない、彼らの言い分を頭ごなしに否定しないでちゃんと聞いてそれから現状を説明すればだいたいわかってくれる。うちの会社に建物を預けているのは彼ら自身の意志だけれど、でも管理会社なんて彼らの長い人生からしてみたら「後からやってきてごちゃごちゃ言っていろんなことを押しつけてくる連中」という側面もあるわけ。だからね、契約上はこうですって言って押し通すのがいちばん良くない、意固地になっちゃう。
彼らはそれで電話をかけてくるんだけれど、彼らは個別の要求を、たとえば今回だったら自分の指定した業者さんに冷房の修理をさせたいってことなんだけど、それを絶対のんでほしいと思ってるんじゃないんだと思う。彼らが必要としているのは対等と尊重の感覚なんじゃないかな、そうしてそれはちゃんと伝わるものだし、それが伝わればこちらの事情も理解してくれるよ。みんなそんなめちゃくちゃな人間じゃない、ビジネスとして成立しているような内容なら、話せばだいたいわかる。
彼女がそう話すので、私はいたく感心した。なかなかそうは思えないよ、うるせえな契約書よめや、って思っちゃう人もいるでしょう、どうしてそんなふうに思えるの。
彼女は少し考えてから言う。管理会社は彼らにとって新しいもので、新しいものはほとんど必ず人を傷つけるって、私はそう思ってるの、だからかな。
説明を求めると彼女は自分のPCを指さす。たとえばあなたはコンピュータを直してくれるでしょう、直せるからあなたはコンピュータが来たのが怖い人のことをわからないかもしれない。でも「さあ新しくて便利なものが来ましたよ、どうぞ使ってください」と言われた相手は必ず薄く傷つくと私は思う。なぜかっていうとそれは今までの、その人が慣れしたしんできたやり方を否定することになるから。新しいものをもたらす側はある種の権力者だから。新しいものを学習できないかもしれないという不安を与えて、「あなたのはもう古いので捨ててください」と否定するから。
それだから新しいものをすすめる側はなるべくその傷が深くならないように対等と尊重の感覚を持ってもらうようにしなくちゃいけない、だって私たちはべつの場面では傷つく側、古い側、脆弱な側なんだもの。
彼女はそこで話を切り、私がしきりと感心するのに照れて、私おばあちゃん子だったんだよと言った。
”この話を読んで、僕は小学校5・6年生の頃、美術と習字と音楽を担当していた先生を思い出した。
その先生は隣のクラスの担当で、上記3つの時だけ僕のクラスで教えていた。
美術、習字、音楽と言えば、小中学生に嫌われる授業の上位を占めると僕は思うのだけど、とにかくそれまで僕は嫌いだったし(特に習字と音楽)それまでの先生の言ってることもわけがわからなかった。
2人1組になってお互いの顔を描きましょう、なんて隣の人(女子)と気まずくなるためだけのイベントだったし、
筆でぐーぐっっと書きなさいと怒る先生の言ってることは意味不明だったし、
目で声を出すんです!頭の上から歌うんです!とか生体構造を無視したことを言われていた。
ところが、5年生の時から来たその先生は、僕らの美術嫌い、習字嫌い、音楽嫌いを一瞬で直してしまった。
その先生ははっきり言えば少し人間性に問題のある先生で、みんなにイメージを持ってもらうために多少大げさに言えば、
通常の先生 + (GTOの鬼塚 ÷ 10) - 金八先生
こんなんだった。
もちろん小学校の先生なので、無茶はしなかったし先生業務は真面目だったが、例えば生徒にぶっちゃけ話をしすぎたし、授業中に「あー今日はだるぃー」とか言い出したし、標語とかそういうことをしなかった。
僕は結構嫌いだったのだがwクラスのみんなからは人気だった。PTAには嫌われていた。
まず音楽。
先生は最初の授業でビデオを持ってきた。
ウィーン少年合唱団のビデオだった。
僕らは、その「ウィーン」というロボットの動作音的響きにまず笑い、少年たちの出す高い歌声に爆笑した。
ところが先生がウィーン少年合唱団に対する世界の評価を紹介しだすと、僕らは、これは笑うべきものではなく世界で賞賛されるべき素晴らしいことなんだ、ということを理解し、すぐに感心しだした(小学生は現金なものである)。
先生はまずゴールを設定した。
出すべき声は、透き通った強くて高い声、そしてそれが集団になっても1つの声の束に聞こえるように。
次に僕らの羞恥心を取り去るべく、クラスのジャイアン的存在に目をつけ、彼に大きな高い声で歌うよう指導し、それを褒め称えた。
本来なら一生懸命歌うことを揶揄するそのジャイアン的存在が進んで歌うようになってから、クラスでは必死に歌うことを馬鹿にする人間はいなくなった。
僕らの歌が上手くなったかどうかは分からないが(それでも地域コンクールでは1位だった)確実に言えるのは楽しかったということ。音楽が好きになったこと。
何が足りないのか、何をすればいいか、何を努力すればいいか、が、凄く分かった。
面白いことに、過去の音楽の先生が言っていた「頭の上から声を出す」などが、何を言わんとしていたかもなんとなく理解できた。
次に美術。
先生はまず、紙にフリーハンドで直線を引く練習をさせた。
これはかなり感謝しているのだが、その後の人生でこの、フリーハンドで直線を引ける技術は役に立った。(例えば数学のグラフ)
そして立方体のデッサンをさせた。
みんな斜めの立方体は描ける。でも先生は正面から描いてみろと指示した。
僕も含めてクラスの8割は「日」みたいな正方形を2つくっつけたDSマークみたいな絵を描く。自分たちでも何かおかしいと思う。
そこで先生は、上の正方形は実は台形に描くんだよ、と教える。ほらよく見てごらん、目の前の立方体もそうなってるだろ?
本当だ!みんなびっくりした。少なくとも僕はびっくりした。
理解できない子には写真を上からなぞらせてみたら理解した。(この時、僕はあまりに潰れた台形であることに再度びっくりする。)
そこから先生は、人間の目は見たものを補正していること、上手い絵(正確に言えば写実的な絵)は見たままを補正しないで紙に写し取ることだということを教えた。
ピカソの絵を紹介して(みんな爆笑はしなかった)この絵は世界から賞賛されていること、彼は本気で描けば上手い絵が描けるのだということ(今思うと凄い言い草だ)、芸術っていうのはまず技術があってからその上に乗るものってことを教えてくれた。
小学生の下手な絵を独創的と絶賛する大人は自分のノスタルジックに浸りたいだけで、その子の絵の上達のことなんか何も考えていないんだという趣旨のことも言った(これは言いすぎだと思うw)
写実的な絵を目標に、少なくとも僕は絵を描くのが好きになった。
小学生にしては上手かったと思うし、その後の人生である程度役に立った。
最後に習字だけども、これは本当に技術のみだった。
そもそも、習字なんかその道を目指す人以外、芸術性も独創性もいらないと思うし、きっと先生もそう思っていた。(その道の子は学校以外で習っちゃうしね)
そんなことより単純に綺麗な字が書けるほうが、その子の未来のためになる。
先生は大きめの筆とバケツを教壇に置き、水をつけた筆で黒板に字を書くという方法で技術を教えた。(知っての通り黒板は濡らすと濃い色に変色する。なかなか分かりやすかった。)
まず一文字。常に筆が斜めになっていて、平行移動させ、回転させてはいけないことが重要。最後に一瞬止めるのがコツだった。
みんなで横一文字を沢山書く。
次に縦線、払い、跳ね、横線が沢山あるときの間隔の空け方・・・。
ペン字との違いも教えてくれた。
今思うと、先生は習字なんかよりペン字のほうが生徒のためになると思っていたし、そっちを教えたかったのかもしれない。
僕は小学生の時から、凄い人と、好きな人は別、という嫌な子供だったのだけど、その先生は好きじゃないけど凄い人の最たるものだった。
教えられた技術はもとより、その教え方とスタンスはその後の僕の人生に大きな影響を及ぼしていると思う。
(特に、目標を設定し、技術を細かく分割して教えるというのが、どれほど分かりやすいか知ることができた。)
小学校の頃の話なので、多少美化されてエピソードも大げさになってるかもしれないが。
ちなみにこの先生の話にはとんでもないオチがついている。
何年か後に親から、この先生が左遷させられたことを聞いた。
親からの話なので信憑性はなんとも言えないのだが、どうもセクハラ騒ぎを起こしたらしい。
その話を聞いて、僕は先生が本当にセクハラをしたという場合と、周囲から嫌われた先生が言いがかりで左遷させられたのか、どっちだろうと考えたが、なんか失礼な話だがどっちもありそうだった。
他の先生だったら問題にならない程度のセクハラをして、周囲に話を大きくさせられたか、単純な異動だったがセクハラしかねない先生なので尾ひれがついた噂になったか、きっとどちらかだろう。
天は二物を与えずと言うけど、まあ、それでもどの地方に行っても元気にやれる先生だろうから心配はしない。
その素晴らしい授業を多くの生徒が体験できないことは、残念だとは思うけども。
追記
幾つか美談にしすぎた(というか美談だけ書いた)ので、ちょっと補足をします。
まず、この先生を僕が嫌いだったと何度も書きましたが、本当に人間性はダメでした。
生徒に好き嫌いを持ったり、自分が面倒臭いという理由で行わなかった授業もあります。
後半セクハラがありえると書きましたけど、本当にそういう先生でした。
ですから、ある意味反面教師でもありました。
でも生徒の将来に関しては本気だったし(もちろん多くの他の先生も本気ですね)、アイデアも湧き出る人でした。
一時期隣のクラスでは宿題を出さないキャンペーンをやっていて、宿題の分を授業で片付けるということをやっていて、ちょっと羨ましかったのも覚えています。実験的な授業が多かったです。
このような教え方を全ての先生がやるべきとは言いませんし、それでは無理が出ると思います。
でも、突出した人物には、学ぶべきことは多いと思っています。
特に、「頑張れ」とか「思いを込めて」とか「真心が大事」なんていう、子供心に大人が逃げていることが分かる表現ではなく、「ここをこうすればいい」と(もし分からなければ先生が自身に宿題だと言うこともありました)はっきり示すことを大切にしている態度は今でも尊敬しています。
フリーハンドで直線は、小学生が覚える程度のものなので、それほど凄い技能になったわけではありませんw
ただ、小学生の直線って本当に酷いんで、それをちょっとまともに修正した程度だと思ってください。
June 23, 2010
loveyourchaos:headonaplate:tremblingmind:lightsindark:nicotinestain-:dvdp:
Hayabusa spacecraft entering Earth’s atmosphere (over an unpopulated area of central Australia on June 12, 2010)
国会議事堂に行きますと、そこには2階席があって、たとえば衆参両院の本会議ともなると、2階席には各メディアのカメラやテレビカメラが、それこそ砲列といっていいほど、いっぱいに並びます。どうみつくろっても、そのカメラの数は国会内に出入りしている報道各社の数よりも多い。
そして会議の模様は、すべて細大漏らさず撮影されています。その後ろには、これも出入りを許可されている各社の数を数倍する記者たちが陣取り、国会の模様をその場で次々に文字にしていきます。
で、そこで撮影されたフイルムや写真、あるいは記事が、そのまま報道各社を経由してわれわれ視聴者ないし購読者の手元に届くかというと、決してそんなことはありません。
どういうことかというと、報道陣によって取材された映像や写真、記事は、いったん記者クラブに全部集められます。そこには、記者クラブの“デスク”が陣取っていて、その“デスク”が、記事や写真を題材にして組合せをし、報道用記事、または報道用映像に編集します。各社は、それを自分の会社に持ち帰って、記事にする。あるいはテレビで流す。
もうすこしくだいていうと、実際の本会議等の模様を観ていない人物が、「自分が報道したい」と思った部分、思った写真や映像だけが、「報道用」に配信される、ということです。
—- (中略) —-
メディアの歴史は、日本では、ヨーロッパよりも古いのです。なにせ、紙と筆が発達し、識字率が世界最高水準にあった日本です。
大阪夏の陣の号外さえ現存している。西南戦争では、従軍記者が現地の模様を取材し、全国に向けて新聞で報道していた。
ところが、戦後の日本では、とくに国家意思の中枢となる政治に関しては、各社それぞれの立ち位置での報道が、まったくできません。これは戦後GHQによってひかれた情報統制によるもので、各メディアの報道班は、全員が「記者クラブ」に所属し、「記者クラブ」の許可証をつけなければ、国会議事堂にはいれない。
そして取材した記事も、写真も、記者クラブの「検閲」を経たものでなければ、テレビでも新聞でも一切報道されることはないし、つまらない漢字の読み間違えなどは、一斉報道されることになる。
GHQが行ったこの報道規制のシステムは、日本がサンフランシスコ平和条約に調印し、主権を回復した後も、そのまま、あれから58年経ったいまでもなお続いています。
昨日の総理演説に対する野党各党の質問についても、実際にその実況中継をご覧になった方はわかると思うけれど、自民、公明両党が、政治課題、経済運営、口蹄疫、その他諸々の現下の政治課題について、実に具体的な質問をぶつけています。
ひとつひとつの質問内容は実に筋が通っており、かつ多岐にわたるものです。ところが、これに対する菅総理の回答は、ヌカに釘、のれんに腕押しのような、まるで具体性のない回答です。
そして、報道は。。。まるでそんな質疑そのものがなかったことであるかのように、まるで報道されていない。報道されたのは、W杯で菅首相「はやぶさに続き、2連勝」、前原国交省は「ガッツポーズ1分」であり、そこで使われた写真が、↓のものです。

http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/100615/scr1006151233082-n1.htm
MSN にも載ったこの写真には、ご丁寧に「自民党の林芳正政調会長代理の質問に答える菅直人首相=15日午前、国会・参院本会議場」という解説まで付けれられているけれど、この写真は、代表質問の際の写真であって、はやぶさ帰還のときの写真ではない。
しかも、実際に中継を観ていたらわかるけれど、菅直人は、質問に答える際、ずっと、どなたかが書いた紙を、棒読みしていただけだし、読むに際しては、ずっと老眼鏡をかけていた。
上の写真を観たら、なんだか、菅総理が代表質問で熱弁をふるっているようにみえるけれど、実際の様子は、熱弁をふるうのは、質問の答えをはぐらかして個人の「思い」を語るときだけです。
そしてそのメディアには、反日思想者が巣食い、善なるものはこれを隠し、悪なるものは、これをゴマ化すという不法が、戦後日本ではずっとまかり通ってきたということです。
いま、保守の戦いというものは、こうした戦後の反日体制のすべて、それはもしかしたら日本の社会構造全部、それを敵に回して戦うということなのかもしれません。
”「本日いらしているお母さんお父さん方は、なんでお子さんがTVゲームに『ハマる』のか、全くわからない方がほとんどだと思います。今日はその辺りについて、TVゲームを作っている側のワタシが、その仕組みについて解説させていただこうかと思っています。なにせ、子供をゲームにハマらせようと、あれこれ知恵を絞っている悪人(笑)というか張本人なワケですから、これ以上に的を射た話はないと思いますよ。それではご静聴よろしくお願い致します。
「まずお話を始める前に、ちょっと皆さんに質問をさせていただきたいと思います。よーく思い出してから答えてくださいね。――昨日、お子さんを『褒めた』という方、いらっしゃいましたら挙手願えますか?それじゃあ、もうちょっと範囲を広げて、今週、お子さんを『褒めた』という方?
「どうやら、あまり多くはないようですね。いや、なんでそんな質問をさせていただいたのかというと、実はここに、子供がゲームにハマる本質があるんですよ。最初っから手の内バラしちゃってますけど(笑)。
「実はTVゲームというのは、遊んでいる人間を『褒める装置』なんです。問題を出して、成功したら褒める。失敗したらペナルティを与える。我々はこれを『ゲーム性』と呼んでいますが、これがまさに、TVゲームという装置の本質なんです。
「誰だって、褒められれば嬉しいですよね? ところが実生活では、褒められる体験というのはあまりにも少ない。お母さん方、お子さんを叱ってばかりいませんか? 『またイタズラばかりして!』とか、『悪い点ばかり取ってきて!』とか。叱る方ばかりが多くなって、褒める方というのはついつい疎かになりがちです。
「でも、ゲームを作っている我々は、なるべく『褒めよう褒めよう』と思いながらゲームを作っているんですよ。毎日褒めたい。毎回褒めたい。出来れば『10秒に1回』、いや『60分の1秒に1回は褒めたい』、そう思いながら、プログラムを作っているんです。さすがに親御さんでも、60分の1秒に1回褒めるのは難しいでしょう(笑)。疲れちゃいますもんね。でもゲームというのはコンピュータですから、疲れずに褒め続けられるんです。
「とは云っても、褒められるだけじゃ飽きちゃいますよね。人間というのは刺激に慣れる習性がありますから、褒められ続けると『またかよ』とウンザリしちゃう。そこで我々は、出来る限り色々な行動に対して褒めようと、手を変え品を変え、色々なバリエーションを用意しているワケです。
「例えばさっき、『またイタズラばかりして!』と云いましたけれど、我々は、同じイタズラでも、創意工夫のある『褒められるべきイタズラ』というものがあると考えてます。大人からしたら、どう見てもイタズラはイタズラで、叱るしかないんですが…というかワタシだって叱りますけど(笑)、でもゲームの中では、創意工夫に対して褒めてあげる。これは、実生活ではあまりないコトですし、だからこそ、子供が惹き付けられるんですね。
「そしてもう一つ、ちゃんと叱ってあげる、というのも重要です。『ちゃんと叱る』というのは、実はすごく難しいコトなんです。子供がハマるよく出来たゲームというものは、ちゃんと叱るのが上手いゲームなんです。ここでは『叱る』と云ってますけど、要は『ペナルティを与える』というコトですか。『なんで失敗したかを理解させながらペナルティを与える』これはとても難しいコトなんですけれど、それが出来れば逆に『褒める』コトも活きてくるワケです。『褒める』と『叱る』とがペアになると、ものすごい威力を発揮しますね。
「ここで注意していただきたいのは、あくまでも『褒める』のがメインだというコトです。よく出来ていないダメなゲームのコトを『クソゲー』なんて云いますが、クソゲーの大部分は、叱るのが下手だったり、褒めてくれなくて叱ってばかりのゲームだったりします。あるいは、絶対に達成出来ないような目標を与えて、全く褒めてくれないゲームなんかもそうですね。子供はクソゲーに見向きもしませんから、やっぱり『褒める』のが重要だというコトです。
「クソゲーと云えば…たくさん褒めてくれるゲームであっても、クソゲーと呼ばれて、子供が見向きもしないモノがあります。それは『ルールがはっきりしない』モノです。褒められたんだけど、なんで褒められたのかわからない、とか、さっきは褒められたのに、今度は褒められなかった、という類のモノですね。子供は不公平に扱われるコトに対しては敏感ですから、こうしたモノは好みません。最近では少なくなってきましたが、昔はこうしたクソゲーがたくさんありました。
「お母さんお父さん方、その日の気分によって叱り方や褒め方を変えてはいませんか? それではまるでクソゲーと一緒で、叱っているコトにも褒めているコトにもなりません。むしろ、子供を混乱させるだけです。そうした態度を取れば取るほど、子供は、良く出来たゲーム、つまり『ちゃんと褒めて、ちゃんと叱ってくれるゲーム』に向かうコトになるでしょう。
「それでは、今日はこの辺にしておきましょう。なんだか、どこかで聞いたような教育論っぽくなってきましたけれど、これは、子供向けゲームを作っているワタシの実感として、同じ結論に達しているというコトです。
「次回は、親御さんが『子供とゲーム』に対してどのような態度を取るべきか、ゲーム制作者としてのワタシの考えを述べさせていただきたいと思います。本日はご静聴ありがとうございました」
8 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2009/11/22(日) 00:55:24 ID:42NMopgT0
お前ら 小惑星「イトカワ」を目指したハヤブサの名前が意味する物が解るか?
小惑星イトカワとは日本の宇宙開発の父である糸川英夫から来ている
彼は戦後の貧相な開発環境の中でロケット開発全精力を傾け、宇宙開発
理解の無かった国家や企業を必死で口説き落として、やっとこさ開発の
援助の約束を取り付けた、決して十分とは言えない予算で七転八倒しながら
時には旧社会党の左翼連中からの妨害に会いながら、
苦難の末、日本初の人工衛星打ち上げまでこぎつけた、それも世界で4番目に
打ち上げたんだぞ、純民生技術のみでな。
彼は戦前、航空機の技術者だった、彼の携わった一番代表作こそ、戦闘機「隼」だ
この隼は当時、国民の間で圧倒的人気のあった航空機であり、まさに日本を代表
する航空機であり、これから日本の航空技術の飛躍を感じさせるものだった。
しかし敗戦と占領政策による航空機開発の禁止によって日本の空の技術は
壊滅的打撃を受けた、多くの航空機技術者達は空への夢を捨てざる終えず。
ある者は新幹線をある者は自動車開発へと向かって行った。しかし最後まで
糸川は空への夢を捨てずロケットと衛星に自らの思いを託し、日本宇宙技術の
基礎を固めた。敗戦の時、自分たちが作り出した航空機の多くが焼かれ壊され
破棄され、技術開発禁止され技術者の多くは涙し絶望した、しかしそこから立ち
あがり、日本の空の技術の復権と発展を掛けた、技術者達の血と涙、執念、夢
と努力の歴史とその結晶を背負って、半世紀以上の時を経て、もう一度「隼」は
「糸川」に出会ったんだよ、宇宙(そら)で
1945年、多くの特攻機が空に舞っていた、その中に多く名機「隼」の姿があった
多くの特攻機、そして隼が敵艦の前で多くの悲しみと共に燃え尽きていった、
あの夏、敗戦の時、多くの人々が涙した、技術者も涙した。
あれから65年後、2010年6月、ハヤブサは地球の空で燃え尽きる、もしそれを
目にして涙する者があったとしても、あの夏に流れた涙とは、違う。
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