国会議事堂に行きますと、そこには2階席があって、たとえば衆参両院の本会議ともなると、2階席には各メディアのカメラやテレビカメラが、それこそ砲列といっていいほど、いっぱいに並びます。どうみつくろっても、そのカメラの数は国会内に出入りしている報道各社の数よりも多い。


そして会議の模様は、すべて細大漏らさず撮影されています。その後ろには、これも出入りを許可されている各社の数を数倍する記者たちが陣取り、国会の模様をその場で次々に文字にしていきます。


で、そこで撮影されたフイルムや写真、あるいは記事が、そのまま報道各社を経由してわれわれ視聴者ないし購読者の手元に届くかというと、決してそんなことはありません。


どういうことかというと、報道陣によって取材された映像や写真、記事は、いったん記者クラブに全部集められます。そこには、記者クラブの“デスク”が陣取っていて、その“デスク”が、記事や写真を題材にして組合せをし、報道用記事、または報道用映像に編集します。各社は、それを自分の会社に持ち帰って、記事にする。あるいはテレビで流す。


もうすこしくだいていうと、実際の本会議等の模様を観ていない人物が、「自分が報道したい」と思った部分、思った写真や映像だけが、「報道用」に配信される、ということです。


—- (中略) —-


メディアの歴史は、日本では、ヨーロッパよりも古いのです。なにせ、紙と筆が発達し、識字率が世界最高水準にあった日本です。


大阪夏の陣の号外さえ現存している。西南戦争では、従軍記者が現地の模様を取材し、全国に向けて新聞で報道していた。


ところが、戦後の日本では、とくに国家意思の中枢となる政治に関しては、各社それぞれの立ち位置での報道が、まったくできません。これは戦後GHQによってひかれた情報統制によるもので、各メディアの報道班は、全員が「記者クラブ」に所属し、「記者クラブ」の許可証をつけなければ、国会議事堂にはいれない。


そして取材した記事も、写真も、記者クラブの「検閲」を経たものでなければ、テレビでも新聞でも一切報道されることはないし、つまらない漢字の読み間違えなどは、一斉報道されることになる。


GHQが行ったこの報道規制のシステムは、日本がサンフランシスコ平和条約に調印し、主権を回復した後も、そのまま、あれから58年経ったいまでもなお続いています。


昨日の総理演説に対する野党各党の質問についても、実際にその実況中継をご覧になった方はわかると思うけれど、自民、公明両党が、政治課題、経済運営、口蹄疫、その他諸々の現下の政治課題について、実に具体的な質問をぶつけています。


ひとつひとつの質問内容は実に筋が通っており、かつ多岐にわたるものです。ところが、これに対する菅総理の回答は、ヌカに釘、のれんに腕押しのような、まるで具体性のない回答です。


そして、報道は。。。まるでそんな質疑そのものがなかったことであるかのように、まるで報道されていない。報道されたのは、W杯で菅首相「はやぶさに続き、2連勝」、前原国交省は「ガッツポーズ1分」であり、そこで使われた写真が、↓のものです。

http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/100615/scr1006151233082-n1.htm


MSN にも載ったこの写真には、ご丁寧に「自民党の林芳正政調会長代理の質問に答える菅直人首相=15日午前、国会・参院本会議場」という解説まで付けれられているけれど、この写真は、代表質問の際の写真であって、はやぶさ帰還のときの写真ではない。


しかも、実際に中継を観ていたらわかるけれど、菅直人は、質問に答える際、ずっと、どなたかが書いた紙を、棒読みしていただけだし、読むに際しては、ずっと老眼鏡をかけていた。


上の写真を観たら、なんだか、菅総理が代表質問で熱弁をふるっているようにみえるけれど、実際の様子は、熱弁をふるうのは、質問の答えをはぐらかして個人の「思い」を語るときだけです。



そしてそのメディアには、反日思想者が巣食い、善なるものはこれを隠し、悪なるものは、これをゴマ化すという不法が、戦後日本ではずっとまかり通ってきたということです。


いま、保守の戦いというものは、こうした戦後の反日体制のすべて、それはもしかしたら日本の社会構造全部、それを敵に回して戦うということなのかもしれません。

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